2022.11.16

スタートアップ企業における知財戦略
限られた知的財産リソースで、企業価値の最大化に貢献する

 ベルフェイスのコーポレートブランディングの一環として始まった、連載企画「ゼロからのバックオフィス構築物語」。

 第4話をお送りするのは、コーポレートグループ コーポレートグループ 経営企画ディビジョン 知財戦略チームの松田さんです。

 本話は特に、「知的財産」 について深ぼった内容となっていますので、ぜひ最後までお読みいただければと思います。

 また、当社の知的財産に関する考え方と取り組み実績をまとめたプレスリリースも出しておりますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。

 

 

なぜスタートアップのベルフェイスが知的財産を重視するのか

 皆さん、はじめまして。 コーポレートグループ経営企画ディビジョン知財戦略チーム の松田將史です。今回は、「スタートアップ企業における知財戦略」と題して、ベルフェイスが取り組んでいる知財の対応についてお話出来ればと思います。

バランスシートでは見えない無形資産の価値

 最初に、スタートアップ企業であるベルフェイスが、なぜ知財を重視しているのかについて共有します。

 ベルフェイスが知財を重視している目的は、企業価値の最大化です。前提として、知財をうまく活用することで、企業価値を向上させることができると考えています。企業価値を向上させるために必要な方法は様々ですが、その中の1つに無形資産を把握し、それを活用することがあります。

 無形資産とはバランスシート上では目に見えない資産のことを指しますが、特許などの知的財産も無形資産に当たります。この目に見えない無形資産が、「他社との競争優位性確保にどのように貢献しているのか?」や、「長期的な企業の持続的成長にどのように貢献するのか?」を適切に説明することで、無形資産を活用した企業価値の向上につながると考えています。

 このように当社が考えている背景には、ビッグ・テックに代表される米国IT企業が、特許などの無形資産への投資を積極的に行い、その結果、企業価値を大幅に向上させている事実があります。

 特に、成功しているビッグ・テックの4社に共通しているのが、短期的にはPL上の数値としてはネガティブに見える意思決定を行い、将来の成長に向けて果敢に大きな投資を行っていることです。

 つまり、米国IT企業は、長期的な成長に必要な無形資産への投資を積極的に行っています。この投資により形成される無形資産は、いわゆるバランスシート上では確認できない資産です。

 そのため、彼らの企業価値とバランスシート上の資産との間には大きな乖離が発生しており、この乖離部分を裏付けているのが、バランスシートには見えてこない無形資産の価値だと言われています。

 もちろん、日本の多くのスタートアップ企業の経営者は、特許を始めとする知的財産の重要性については認識されていると考えています。

 

知的財産に関するよくある誤解

 しかし、「なぜ知的財産が重要なのか?」については、まだまだ理解されていないのが実情だと考えています。

 知的財産について、よく誤解されている1つの事例をここでは紹介します。知的財産の1つに特許がありますが、この特許についても、登録特許を取得すること自体が会社の目的になっている場合が多く見られます。

 登録特許を取得することが重要なのはその通りですが、単に特許を取得するだけでは、ビジネスへの貢献の観点では不十分と言えます。なぜならば、登録特許がビジネスに対して効果を発揮するためには、その登録特許が他社のビジネスに対して使える登録特許であることが必要だからです。

 ちなみに、登録特許を取得するためには、世の中で知られているアイデアとの違いを付ける必要があります。逆に言うと、世の中で知られているアイデアとの違いさえ付けられば、登録特許を取得することができます。

 しかしながら、ビジネスへの貢献という観点を無視して、世の中で知られているアイデアとの違いを付けるとどうなるでしょうか? 登録特許を獲得したのは良いものの、実際のビジネスには使えない特許を量産することにつながります。

 加えて、このような実際のビジネスには使えない特許の量産は、経営者の方々に、「結局、知的財産への資金投下は単なるコストアップでしかない」と認識させてしまうことにもなります。

 よくあるのは、多くの特許を取得していることだけで、自社は特許力が強いと勘違いされているケースです。特許をビジネスに活用するためには、他社ビジネスに使える特許であるか否かが重要になります。

 ビジネスとの関係を無視した特許の権利化は、いざ競合他社に対しビジネスを優位に進めるために特許を活用しようとしたときに、結局は競合他社に使える特許が全くないという事態に初めて気付かされることになります。

 このような知的財産に関する負のループが生じている企業はスタートアップに限らず日本企業には多いのではないでしょうか。

ビジネスに寄与する知的財産であるかを意識する

 実際に特許を取得する際に重要なのは、単に特許を取得することではなく、その取得する特許が「どのようにビジネス上の競争優位性の確保に貢献するのか?」や、「将来の他社との差別化にどのように貢献するのか?」を考えながら権利化することです。

 特許を取得する目的を最終的には企業価値の向上と設定すれば、その取得しようとする特許の意味が、競争優位性の確保や、将来の持続的成長にどう貢献するのかを自ずと考えることにつながります。

 これにより、特許取得に必要なお金や時間が、単なるコストと認識されるのではなく、将来成長への投資だと認識されることにつながると考えています。

 本来、特許をはじめとする知的財産にリソースを投下することは、コストではなく投資です。これを経営者の方々に正しく認識してもらうことが、無形資産による企業価値向上には求められます。

 そのためには、知的財産が事業や経営にどのように活用できるのかを説明することが重要になりますし、この説明を行うことが知的財産を担当する者が会社に提供できる付加価値だと思っています。

 

 

企業価値最大化のため、知的財産に何ができるのか

 繰り返しになりますが、当社が知的財産の活用で達成する最終的な目的は企業価値の向上です。

 知財に投下するリソースが、単なるコストではなく、投資であると認識してもらうためには、知財により企業価値が向上することを説明する必要があります。これを説明するため、当社では知的財産を活用することで何を達成すべきなのかを示した3つの目標を設定しています。

 1つ目の目標は、競争優位性の確立です。業界によっては、モート(城のお堀)とも呼ばれていますが、このモートを知的財産で構築することになります。

 特許や商標を活用することにより、競合他社と比較した機能面やブランド面でのプロダクトの差別化を実現することを想定しています。さらに、モートを更に強固なものとするために、互いの強みを活かしたWin-Winな協力関係が実現できるパートナー企業と連携する際にも、自社の知的財産を連携交渉のツールとして活用することも想定しています。

 2つ目の目標は、取引先、つまりサービスを提供しているお客様に対して、継続的なサービスの提供を知的財産によって担保することです。

 競合他社と戦うための武器となる知的財産を当社自身が保有していなかったり、他社の登録特許を回避することなく実施している場合、当社がお客様に対するサービスの提供停止を命じられることも最悪のケースとしては想定されます。

 このような状況が生じた場合、直接的に知的財産問題に関係のないお客様のビジネスにも多大な迷惑をおかけすることにもつながります。

 お客様に対してプロダクトを安定して提供するため、当社は、競合他社からの攻撃に対して反撃できる特許の準備を図ると共に、他社の登録特許の実施を回避することにより、ビジネスへの他社特許リスクを可能な限り軽減することを目標にしています。

 3つ目の目標は、投資家の方々に対して当社が保有する知的財産の価値を可視化して説明することです。

 知的財産の本来の価値である投資としての側面を可視化するためには、特許を始めとする知的財産へのリソース投下が、長期的な持続的成長への投資であることを説明する必要があります。

 具体的には、自社の既存事業だけでなく、将来事業においても知財がどのように活用されるのか、さらに競合他社の既存・将来事業に対してどれぐらいの牽制力を有しているのかを他社実施と比較して説明することが求められます。もちろん、単純に保有特許の件数を説明するだけでは、知財の本来の価値を説明したことにはなりません。

 これら3つの目標を達成することにより、最終目的である無形資産の把握・活用による企業価値の最大化につながると考えています。

 

 

ベルフェイスが取り組む企業価値最大化のための知的財産対応

 また、当社では、さきほど述べた3つの目標を達成するために、以下の5つの具体的な対応を実行しています。

 

特許ポートフォリオを重要性

 まず1つ目の対応は、特許ポートフォリオの構築です。ここで言う特許ポートフォリオとは、複数の特許を群で管理することを指しています。

 業界にもよりますが、当社が属しているいわゆるSaaS業界では、1つのスーパー特許で事業を保護することは困難であると言われています。これは、1つのサービスを提供する際に複数の技術を組み合わせて提供しているためです。

 そのため、SaaS業界では当社が提供する価値を取り囲むように特許群による参入障壁を築く必要があり、当社では、3つの視点で特許ポートフォリオの構築に努めています。

 1つの視点は、自社の差別化機能を保護する特許群です。競合他社との機能面での差別化を図るために必要となります。

 2つ目の視点は、他社が使いたくなる特許群です。特許の活用では、自社の特許を他社が実施していることを立証する必要があります。

 そのため、極端な話、当社が実施する予定がなくとも、他社が実施したくなる特許は積極的に取得するようにしています。これにより、他社の回避手段を事前に阻害することができ、さらなる参入障壁の強化につながります。

 3つ目の視点は、メガトレンドに沿った社会課題を解決する長期視点での先回り特許群です。

 長期かつ持続可能な成長を実現するためには、将来を想定した特許の仕込みを今から実行しておくことが必要になります。もちろん、仮説ベースでの特許出願になりますので、必ずしも将来において当社がこの特許を実施するとは限りません。

 しかしながら、トレンドに沿った課題を解決する発明であれば、当社以外のどこかの会社がこの発明を将来的に実施する可能性は高くなります。このように、たとえ当社自身が実施しなくても業界において価値が高くなる特許群もこの段階から仕込み始めています。

特許ポートフォリオ以外の施策

 2つ目の対応は、すでに保有している特許資産価値のビジネス観点での価値の見える化です。

 特許の本来の価値は、ビジネスにおける持続可能な競争優位性の確保にその特許がどのように貢献しているのかを説明することで初めて見えてくると考えています。

 当社は、保有している特許がそれぞれ自社の事業に使えるのかだけでなく、他社の現在事業に使えるのか、更には他社の将来事業に使える可能性があるのかを評価し、特許と自社または他社実施とを比較した対比表であるクレームチャートを準備しています。

 このクレームチャートを準備することにより、保有特許のビジネス視点での強さを確認することができるようにしています。

 3つ目の対応は、登録商標を取得・活用することによるブランド観点での差別化です。事業の参入障壁をより強固なものにするためには機能面での差別化だけではなく、ブランド面での差別化も同時に対応する必要があります。

 当社は、社名や会社ロゴの登録商標を取得しているだけではなく、ビジネスで活用する標語についても積極的に登録商標を取得するようにしています。当社は、すでに「オンライン営業システム」、「営業のブラックボックス」、「営業のラストワンマイル」、「サステナブル営業」などの登録商標を取得済みです。

 今後は、これら取得済の登録商標をビジネスのPRにおいて積極的に活用すると共に、他社の使用を阻止することで、ブランド面での差別化も進めて行きます。

 4つ目の対応は、他社特許リスクを軽減する対応です。これは日本における他社の新規登録特許を毎月確認するようにしています。具体的には、新規登録特許を確認して、権利範囲が広い他社特許や、自社の現在または将来の事業に影響を及ぼす可能性が高い他社特許を抽出しています。

 この抽出した要注目特許を定期的に開発部隊に共有することで、自社がその特許を実施していないことを確認したり、その特許を未然に回避してもらったり、設計変更を検討してもらったり、他にも、他社の登録特許を無効にするための情報を開発部隊から収集することも行っています。

 

社内向けプロセスの構築も怠らない

 5つ目の対応は、知的財産に関する社内体制を整備したことです。知的財産への意識の高い企業文化を醸成することが、長期的には会社の強みになると考えています。

 まず整備したのは、特許ポートフォリオを管理するための体制の整備です。特許マップを作成し、その特許マップを俯瞰しながら、全体最適を考慮して個々の特許出願の対応ができるようにしました。

 また、特許群の総合力を強化するためには、知財担当者だけで対応するのではなく、開発や営業の現場の方々の協力が必要になります。そこで、現場の方々の協力を知財力強化に活用するため、知財に関する2つの社内プロセスを新たに導入しました。

 1つは、自社の特許ポートフォリオの強化のため、新たなアイデアを漏れなく抽出し、その抽出したアイデアの中からさらに特許出願するアイデアを厳選する社内プロセスです。これにより適切なタイミングで漏れなくアイデアを抽出できるようにしました。

 もう1つは、他社の特許リスク軽減のため、社員の方々から他社特許の調査を依頼してもらう社内プロセスになります。例えば、新たな開発を始める際に、事前に気になる他社特許が存在しないかをこの社内プロセスに沿って確認しています。

 さらに、社内の知財意識の底上げのため、知的財産に関する社内研修も全社員向けに定期的に実施しており、特許とは何かという基本的なところから、特許のリスクを共有したり、特許の使い方を伝えています。

 

 

限られた知的財産リソースで企業価値最大化を実現するためには

 ここまで知財を活用して企業価値を向上させるために当社が対応している内容をお話しました。

 しかしながら、当社はまだまだスタートアップであるため、大手企業ほど潤沢に人材や資金を知財に投下することができないのが実情です。

 そのため、事業に活かせる知的財産を効率よく取得することが求められます。特に、直近の対応の中で、資金を多く必要とするのが特許の権利形成です。

 この権利形成費用を最小化しつつ企業価値向上という目的を達成するため、当社は次の事柄を重視しながら権利化を行っています。

 1つは、複数の発明を盛り込んだ特許出願の実施です。具体的には、1つのプロダクトに関連する複数の発明を1件の特許明細書に記載して特許出願を行うことで、出願時の費用を最小化しています。

 もう1つは特許出願後に他社の実施を把握した上で審査請求、補正、分割出願を実行していることです。例えば、特許出願後もすぐに審査請求を行い権利化を急ぐのではなく、継続的に他社の実施を確認し、他社の実施が確認された時点で初めて発明の権利化を開始します。

 この2つの対応を実行することにより、他社に使える特許を最小限の費用で取得することが可能になります。また、当然ですがスタートアップに対する様々な助成制度も積極的に活用しています。

 このような対応を行うことで、大手企業に比べて少ない知財リソース(お金、人員)であっても、企業価値の向上に貢献しうる知的財産を取得し、活用できるように備えています。

 

 

まとめ

 当社はスタートアップですが、限られたリソースの中であっても知的財産を重視し、知的財産による企業価値の向上を目指しています。

 このような目的を持って知的財産の対応を行うことにより、知的財産が既存事業の安定的成長に貢献するのはもちろんのこと、当社が長期的に目指すVisonの実現にも貢献できると考えています。

 また、これまで述べてきた知的財産による企業価値の向上を目指した対応が実行できるのは、知財担当者としてビジネス観点での知財活用を説明して対応しているのはもちろんのこと、経営陣や営業、開発現場の方々の知的財産への理解があってこそです。

 その意味では、ベルフェイスは全社で知的財産への理解が深い会社だと感じていますし、知財担当者としては働きやすく、かつ、働きがいのある会社だと思っています。

 今回の投稿が、他のスタートアップにおける知財戦略の参考に少しでもなるのであれば嬉しいですし、それが結果的に日本のスタートアップ業界全体の企業価値の底上げにも寄与することに繋がれば、さらに喜ばしいと考えています。

 

※ベルフェイスでは、現在採用を積極的に行っています。少しでも興味をお持ちの方は、ぜひ以下の情報も参考にしてみてください。

ベルフェイス株式会社

ウラ凸 – シリーズD資金調達「約30億円」のベルフェイスのウラ側へ、カジュアル面談で突撃しよう

 

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限られた知的財産リソースで、企業価値の最大化に貢献する https://bs.bell-face.com/2022/11/16/2022111601/
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